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旅日記

十数年前に仲間とツーリングによく出かけていたが、レースを始めてからは、全くと言っていいほどツーリングには行かなくなった。バイク便と言う仕事をしていた事もあり毎日がツーリングみたいなものだった事もあるのだが、それは、あくまで仕事であって時間に追われていて、たとえ遠くの配達であっても景色を眺めたり、面白そうな場所を見つけても立ち寄る事が出来なかったのでした。
昔、仲間と行った今でも覚えているツーリングについて書いて見たい。そうあれは、私が十六歳で免許取立ての頃、兄貴がオートバイ屋で(本当に小さなバイク屋って感じの店)働いていた事もあり、その店がカワサキ系の店だったため個性派の人達の溜まり場になったいた。そこで皆が集まるうちに何処かに走りに行くことになりツーリングクラブを結成したのでした。クラブの名前は風車(かざぐるま)と言い、いつも風をうけて走っていたいと言う気持ちから付けたと名前だった。初のツーリングは、たしか千葉方面の峠道を求めて行き、マザー牧場がそばに合ったので、そこで昼食とり帰るという計画性の無い物だった。(あげくに兄貴のCB250RSは、あまりの走りの激しさにオーバーヒートを起こしてしまった事を憶えている)
箱根に行った時は、ターンパークの上から行ったのだが、登り坂で水温計がレッド寸前だったのが、下り始めてからは殆どアクセルを開けなくても百キロ近いスピードがでてみるみる水温が下がっていった、所々、止まりきれなかった車が突っ込んだ痕があり、けっこうスリルが味わえる処だった。
他には、大垂水峠や正丸峠など何故か面白そうな峠道がある所を選んで行っていたようなツーリングクラブだった。もちろん峠を走る事ばかりではなく美味いもの食べると言う事も忘れてはいなかったし、初日の出を観に行った事もあるが行く途中で、私の目の前で転倒、ポイントが破損して千葉からの下道、バイクを牽引して帰って来たこともある、あともう少しの処で海だったのに結局、初日を背中に浴びながら帰って来たのでした。ちなみに転んだバイクはZ2でポーイントを軸にしてクルクルと回っていた。そう言えば手がかじかんでリヤをロックしながら私の横を通り抜けた人も居たな、今考えると結構危なかったかも。
泊まりのツーリングでは、伊豆半島一周、二泊三日何て言うのもやったことがある、この時は気の合う仲間4人で入梅前の五月、天候に恵まれ最高に走りが楽しめた、今でもよく憶えている旅の一つです。しかし、この時は出発前にちょとした事故がありあわや中止、の事態になる処だった。(宿泊施設は予約済み)その事故とは、仲間の一人(GPZ750ターボ乗り哲)が寝坊をし待ち合わせ時間になってもこないので、迎えに行った途中で起きた事だった。Z2乗りの弘が、怒りにまかせ爆走中、国道を横断しようとした時、私の目の前でバイクが大きく振られ(大型トラックの通った溝のせい、ウォッシュボードのようになっていた)交番の目の前で大転倒してしまったのでした。幸い弘に怪我はなかったものの、バイクはとてもツーリングに行ける状態では無くなったていた。この日ために自分でオールペンまでしてシングルシートも取りつけ張切っていた弘は、俺は行かないからお前達だけで行けばと言いだした。あげくに交番のおまわりさんにも「こんな所で転ぶ奴はいないと」さらに落ち込ませる言葉を言われますますいじけモードになってしまった。
しかし、弘にはもう一台KR250を持っているので、それで行こうと皆で説得し何とか出発する事が出来たのでした。伊豆に入ってからは、初日は順調そのもので、芦ノ湖スカイラインから伊豆スカイラインを走り白浜までの道のりを楽しんだのでした。哲だけは、ヤギのいる休憩所で青い顔していたのでどうしたの?と聞くとペースが速過ぎて目が回ったといってもっと景色を楽しもうよ〜と泣き言を言っていたのでした。(そう言えば哲ちゃんは私達と走りに行くのはこの時が初めてだった)しかし、今回の目的は、徹底的に伊豆を走り込む事だったため、ツーリングとは名ばかりで皮ツナギまで着込み万全な体制で挑んだのでした。そうとも知らずに何時も黒のツーピースのツナギを着ている哲は私達がツナギを着ている事になんの疑問も持たずに参加してしまったのでした。あげくはてに、哲が予約してくれたペンションが名ばかりのペンションで、何処をどう見てもただの民宿にしか見えなくて、なおかつ窓からは海が見えると言ううたい文句も、見えるには見えるが遥か遠くにちょっとだけしか見えなかったのでした。ペンション白浜と言う名前に騙され、てっきり白浜のそばのペンションを想像していた私達は、白浜へ行く途中にこの民宿の名前を発見し、今ペンション白浜ってあったぞと私が言ったのだが、こんな所にあるはずは無いと弘が言い切り取り合えず白浜へ向かう事に・・・いざ白浜に着くと何処にも想像していたペンションの姿は無く結局、電話をして場所を聞く事にした。すると宿のおやじが、そこから十分ほど戻った所ですとの事、その時、初めて私達は、はめられた事にきずき、しかたなく看板の所まで戻る事にした。するとそこには、ペンションとはとても呼べない建物が立っていたのだった。しかし、予約を入れた以上は宿泊をせざるしかなく、せめて飯だけでもと期待したのだが結局、普通の民宿レベルでしか無かったのでした。ガッカリ〜・・・したあげく、弘がそんな所にある筈は無いと言い切ったのとZ2の後遺症の為、またすね始めてしまい取り合えず放っておく事にして、他の二人(哲と弘の兄貴でヨシ)とめげずに海を見に行ったのだが、これがまた結構歩き挙句の果てに、堤防の内側を歩いていると物凄い波が来たらしく、ものの見事に一瞬にしてずぶ濡れになってしっまたのでした。でも天気が良く暑かったので結構気持ちがよっかたのは不幸中の幸いか・・・?
二日目は、弘の機嫌も直りループ橋を走り(結構キツクどのくらい寝てるんだか麻痺してくる)波勝崎で猿に合い、そこで、何故かライムグリ−ンのツナギを着た弘だけが猿に何度も怒突かれていた。(もしかしてライムグリーンは猿の嫌いな色なのか?)そこから戸田に向かう道は、低中速のコーナーが連続したワイディングが続き最高に面白かった。次の宿屋にも無事に到着し、ホテルだったので美味いご飯にもありつき、温泉に浸かり至福のときを過せたのだった。(このあとの惨事もしらずに・・・)
こうして何とか三日目を迎え、朝の天気を見てみると、西伊豆の方は霧が出ていて風が強いらしいと言っていた・地元の人の話では、何でもバイクの人が突風にあおられ谷に落ちて亡くなったたとか、出発前にやな話し聞いてしまった。沼津に抜けたかった私達は、どうするか悩んだ挙句、風も治まってる事だし大丈夫だろうと言う事で、西伊豆スカイラインを通っていく事にした。しかし・・・この選択が間違っている事にきずいたのは、スカイラインの頂点に近づいたときだった。その前から霧が物凄く濃かったのだが、それ以外は、風もなく大丈夫だと思っていたのだが、霧が晴れたのと動じに今度は風が出てきている、駐車場では観光バスが様子を覗っているかの様に止まっていた。そこから少し行った所で車が徐行運転しているのが見えた。我々もその場所へ近づいてみると、その場所は風の通り道だったのか、ほんの数メートルだけなのだが、物凄い風が吹いていた。なんせ乗用車が横に少しずつずれていたのだから、きっと亡くなった人はここから転落したのに違いないと、かってに思ってしまうほど凄かったのです。どうするか悩んだ挙句、風が強い所はそこだけなので、とにかく進む事にした。まず最初にヨシが通過しその後を弘、私、哲の順で続いた、所が後少しと言う所で、前にいた車が急にストップ、無理に抜く事も出来ず我々も止まった時、その時物凄い突風が私達を襲った、まず最初に弘が倒れて来た、そして私が倒れ何かにぶつかった・・・そう後ろに居た哲だった、当然根性で支えていた哲も倒れた、しかもその反動で何か黒い物体がコロコロと転がって行くのが見えた。何だと見ると哲がガードレールの方に飛ばされて行くではないか、これはやばいと思いバイクを起こすの後にして、哲を助けたのでした。結局4人掛りでバイクを一台づつ押して無事通過と思いきやGPZ750ターボのミラーが折れていたのでした。被害は幸いにも?それくらいですみ、その後は、何事も無かったかのような順調な走りが出来た、いったいあそこの場所は何だったのか?
この話しの他にもツーリング行ったが余り憶えていないので、この辺で第一段は終わります。


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